山小屋の生活

山形県真室川の沓沢朝治氏に弟子入りして1年後、
わたしは氏のもとを去って、人里から5キロ離れた加無山麓の山小屋で、
鷹と二人の生活をはじめました。

沓沢氏は高齢のために山深くに入ることは困難な状態でしたし、
沓沢家との折り合いが必ずしもよくなかったからです。

その山小屋では8年間生活しました。

もちろん電気も水道もガスもありません。
沢から水をくんできてドラム缶の露天風呂に入り、
ランプの灯りで本を読むという生活です。

本は秋田県湯沢市の図書館へ、片道35キロの山道を自転車で借りに行きました。


狩りの獲物は主にウサギですが、日にせいぜい3羽。
肉は自家消費をわずかに上回る程度で、皮は売れても1羽100円あまり。
しかも、狩りは雪の季節にしかできません。

それだけではさすがに生きていけませんから、
夏の間に森林伐採や道路工事などで20~30万の現金を得ました。
収入はそれだけです。

あとは山で山菜、キノコをとり、小屋の前を開墾して野菜をつくりました。

米代と若干の日用品代、
それと鷹の餌代以外はほとんどお金を使わずにすませました。

鷹には山でつかまえた小動物や、
交通事故で死んだ犬や猫を拾ってきて与えるのですが、
それだけでは足りないので、養鶏場から廃鶏を買ってきました。



真室川加無山麓での8年間の生活のあと、
わたしは月山のふもと朝日村に移り住みましたが、
そこでもやはり人里から離れた山中に小屋を借りて、
電気も水道もガスもない自給自足に近い生活を送りました。




この山小屋で、結婚して子供ができるまでの6年間を過ごし、
10年前に家族とともに山を下りて、今の場所で暮らしはじめました。
                        

2001年5月21日
松原英俊

コメントは下のボタンを押して別ウィンドウから投稿できます。